大山祇神社と村上水軍ミュージアム・高千穂・椎葉村

連休中にしまなみ海道に行ってきました。

先ずは大三島の大山祇神社。国宝に指定されている甲冑の八割が奉納されている神社です。祭神は大山積大神。天照大神の兄で海上安全の守護神であるため、代々様々なところから奉納が続いてきたものです。

混雑を避けて、朝早く訪れたため、すぐに参拝できましたが、10時過ぎからは長蛇の列ができていました。

神社の脇にある鶴姫の像。女性用の鎧は日本に一つだけで、ここの宝物館に展示してあります。

鶴姫の甲冑。

宝物館の写真集に載っています。
私は40年位前、学生時代にここに来た時は、まだ橋は掛かっておらず、船で来て、観光客もまばらでした。2回目に来た時は、しまなみ海道開通後で、観光客でごった返しており、びっくりしました。
この写真集も昔は白黒でしたが、令和になって新しいものが出ていたので、新たに購入しました。

次に訪れたのは、因島の村上水軍ミュージアムです。

入り口に、和田竜の「村上海賊の娘」の像があります。

その日は松山の道後温泉に宿をとりました。

有名な道後温泉の本館。8年前に入ったことがあります。風情がある良い温泉なのですが・・

観光客が多くなりすぎて、遥か向こうまで待っている人の列。いつ入れるのかわかりません。

すぐ近くに2つ分館がありますので、そちらに入りました。

夜の道後温泉は綺麗です。

風呂上りに地ビールを。極楽です。

足元には何故かガンダムのマンホールが・・
ここは極楽でなく、スペースコロニーだと言うのかっ!認めたくないものだな・・

翌日はフェリーで大分に渡り、そこから高千穂に行きました。

高千穂ではチョウザメを飼っていました。キャビアが採れる原始的な淡水生のサメです。

高千穂神社。
隣の神楽殿では夜神楽を見ることができます。

観光地としても大人気の高千穂ですが、アニメとのコラボで更に人気上昇!?

推しの子のイラストやグッズがあちこちに!

推しの子のマンガ家や声優さんのサインも飾ってありました。

宮崎マンゴーのスカート・・可愛い・・

最後に椎葉村に行きました。
秘境と呼ばれる場所で、今でも焼畑が残っているところです。泊まった民宿はその名も“焼畑”!

ようやく到着したのが夕方5時くらいでしたので、焼畑を見に行くのは翌日にしました。

民宿での夕食です。近くで採れた山菜や、地元特産の料理が並んでいます。

ひきわり(菜豆腐)。カブが混ぜてあり、豆腐が手でひき割れるのが特徴だそうです。

どぶろくです。

イワナです。なかなか食べる機会はありません。

以前、秋篠宮が宮崎を訪問された折、焼畑の見学を希望されて、こちらへ来られたそうです。家族との記念写真が飾ってありました。

焼畑の写真。

1年目は蕎麦を植えます。蕎麦の白い花。

雑穀の収穫の様子です。

民宿の少し上の山肌が焼畑になっていました。

木は枝を切り落として焼くのですが、今は重機も使って作業するようです。

鹿や猪に荒らされないよう、網が張ってあります。

焼畑から見た近隣の集落。

焼畑はまず蕎麦を撒き、続いてヒエ・アワ・小麦・大豆を撒き、4,5年経ったら土地を森林に戻して、20,30年後にまた焼畑にするそうです。焼畑から収穫できる期間は短いため、毎年少しずつ焼畑を作って、広い地域を20,30年後に一巡してまた最初の土地を焼畑にするようです。
焼畑のためには広い土地が必要ですが、民宿の方に聞くと、この家で3つの山を個人的に所有しているとのことでした。

「焼畑手順書」という本が、椎葉村役場農林振興課から発行されていました。ここでは2008年から焼畑蕎麦苦楽部ができて焼畑の継承に努めており、この民宿の御主人椎葉勝さんが、その代表をされています。(因みにこの周辺は椎葉という姓ばかりです。)
焼畑の火入れの時はテレビ局は新聞社だけでなく、地元の小学生や中学生も集まって火入れに参加し、年中行事になっているそうです。

私が焼畑に興味を持ったのは、学生時代に佐々木高明の「照葉樹林文化の道」を読んでからです。2014年にその改訂版の「新版稲作以前」が出版されています。

私が時々行く、国立民族学博物館の会誌「民族学」にも焼畑の特集がされています。2021年7月号第177号「特集 焼畑と文明 五木村から世界へ」で、今でも入手可能です。

2017年にタイのチェンライで象のトレッキングをした時は、アカ族の焼畑の中の道を象が通りました。

まだ火がくすぶっていて、かなり熱かったのですが、象は平気で通っていきました。

焼きたてのアカ族の焼畑。この後、何を植えるのでしょう?

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